大阪地方裁判所 昭和23年(ワ)2038号・昭23年(ワ)150号 判決
原告 富国生命保険相互会社
第一五〇号事件被告 富永正夫
第二〇三八号事件被告 大山吉雄 外一二名
一、主 文
被告大山吉雄は原告に対し大阪市北区小松原町二七番地宅地一、一〇七坪四合の内東北部三〇〇坪(別紙<省略>第一図面のとおり)を同地上に存する建物、
(一)、被告黄錫連居住の木造スレート葺バラツク式平家建物建坪約一〇坪一部二階建店舗向家屋一棟(別紙第一図面(ロ))、
(二)、被告黄錫連居住の前同様式平家建一部二階建家屋一棟(前同図面(ハ))、
(三)、被告佐藤家明居住の前同様式平家建家屋一棟(前同図面(ホ))、
(四)、被告福西源蔵居住の前同様式平家建家屋一棟(前同図面(ヘ))、
(五)、被告窪田栄次郎居住の前同様式平家建家屋一棟(前同図面(ト))、
(六)、被告小西尚文居住の前同様式平家建一部二階建家屋一棟(前同図面(リ))、
(七)、被告岩本佐太郎居住の前同様式平家建家屋一棟(前同面(ヌ))、
(八)、被告水原淳一居住の前同様式平家建一部二階建家屋一棟(前同図面(ル))、
(九)、被告中島弘人居住の前同様式平家建家屋一棟(前同図面(ヲ))、
(一〇)、被告夏原源二郎居住の前同様式平家建家屋一棟(前同図面(ワ))、
(一一)、被告中村貞吉居住の前同様式平家建一部二階建家屋一棟(前同図面(カ))、
(一二)、被告野村卯三郎居住の前同様式平家建一部二階建家屋一棟(前同図面(タ))、
(一三)、被告正司博美居住の前同様式平家建家屋一棟(前同図面(ネ))、
を収去して明渡し、且つ、昭和二三年一月一日から右明渡済に至る迄一カ月金一、五〇〇円の割合に依る金員を支払え。
原告に対し、被告黄錫連は前項(一)及び(二)各記載の家屋から、被告佐藤家明は同(三)記載の家屋から、被告福西源蔵は同(四)記載の家屋から、被告窪田栄次郎は同(五)記載の家屋から、被告小西尚文は同(六)記載の家屋から、被告岩本佐太郎は同(七)記載の家屋から、被告水原淳一は同(八)記載の家屋から、被告中島弘人は同(九)記載の家屋から、被告夏原源二郎は同(一〇)記載の家屋から、被告中村貞吉は同(一一)記載の家屋から、被告野村卯三郎は同(一二)記載の家屋から、被告正司博美は同(一三)記載の家屋から夫々退去し、右家屋の敷地を夫々明渡せ。
被告富永正夫は原告に対し大阪市北区小松原町二七番地宅地一、一〇七坪四合の内西北部五〇坪(別紙第二図面中(一)の部分)を同地上に存する西向トタン葺一部二階平家建家屋一棟建坪約二五坪を収去して明渡し、且つ、昭和二二年一二月一〇日から右土地明渡済に至る迄一カ月金二五〇円の割合に依る金員を支払え。
訴訟費用は被告等の負担とする。
此の判決は、原告が被告大山吉雄に対し金二〇万円、被告富永正夫に対し金一〇万円、其の他の被告等に対し夫々金五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文第一乃至第四項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として、「原告は大阪市北区小松原町二七番地宅地一、一〇七坪四合を所有し、昭和二一年六月二二日被告大山吉雄に対し、右宅地の内東北部三〇〇坪(別紙第一図面(a)(b)(c)(d)(e)(f)(a)を順次連らねた線に囲まれた土地、以下A地と称す)を賃貸期間を昭和二三年六月二二日迄、賃料を一カ月一坪に付き金五円とし毎月五日支払うこと、用途は臨時的商店向バラツク式仮建築を建築すること等の約定で賃貸し、被告大山吉雄は、別紙第一図面記載のとおり臨時商店向バラツク式家屋を建築し、之を主文第一項各記載のとおりの各被告等及び訴外の右図面記載のものに賃貸した。然るに被告大山は其の後右賃貸期限の延長を要求したり、又は契約外の建物の建築を計画する等の噂があつたので、原告は大阪区裁判所に即日和解の申立を為し(同庁昭和二一年(イ)第一一〇号)、被告大山との間に於いて同年九月二〇日前記契約条項を再確認した裁判上の和解を為した。そして原告は昭和二三年六月二二日右A地の明渡期限到来と同時に、被告大山に対しA地上に建築した建物を収去してA地の明渡を求めたが、被告大山は之に応じないのみならず、昭和二三年一月一日以降の賃料及び右期限後の賃料相当の損害金を支払わないから、一カ月金一、五〇〇円の割合に依る賃料及び損害金の支払を求める。被告大山、同富永を除く其の他の被告等は、夫々主文第一項記載のとおりの家屋に居住しているが、原告と被告大山間の前記賃貸借契約が終了した以上、原告に対抗し得る権原なく其の敷地を占有していることとなるから、同被告等に対し右各居住の家屋から退去して各家屋の敷地の明渡を求める。仮に前記賃貸借契約が一時使用の目的を以つて為されたものでないとしても、被告大山は本件A地上に建築した建物中、別紙第一図面(イ)の家屋を訴外須沢正身に、同(チ)の家屋を訴外松田重治に、同(ヨ)の家屋を訴外永幡和子に、同(レ)の家屋を訴外山下喜久治に、同(ソ)の家屋を訴外杉田実に、同(ツ)の家屋を訴外浦田栄に、同(ナ)の家屋を訴外伊藤千一郎に夫々売渡し、右訴外人等に対し右各家屋の敷地を、原告に無断転貸又は賃借土地を使用させ契約に違反したことを理由に原告は本訴に於いて民法第六一二条の規定に基き前記賃貸借契約解除の意思表示を為す。従つて之に因り右賃貸借契約は解除されたから、之を原因さして、被告大山に対し、本件A地の明渡を求める。
次に原告はその所有の大阪市北区小松原町二七番地宅地一、一〇七坪四合の内一〇〇坪(別紙第二図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(イ)を順次結んだ線を以つて囲まれた土地、以下B地と称す)を、被告富永に対し、賃貸期間昭和二一年六月二〇日から昭和二三年六月一九日迄、賃料一坪に付き一カ月金五円、右土地上の工作物を他人に賃貸又は譲渡することを得ない等の約旨で賃貸した。そして被告富永は、直ちに右B地を別紙第二図面の如く(一)乃至(四)に区劃して(一)、(三)の部分二五坪に仮建築を建築して店舗を開業すると共に(二)の部分二五坪を訴外松井信一に(四)の部分二五坪を訴外永砂勇太郎に対し、原告に無断で転貸し、同訴外人等も夫々仮建築をして同様店舗を開業したが、昭和二二年一一月中旬頃同図面(三)の部分に存した被告富永の店舗と永砂勇太郎の店舗とは火災で焼失し、現在は該店舗の外壁が僅かに立残つている状態である。原告は被告富永が原告に無断で賃借土地を右のように他人に転貸した事由に依り、昭和二二年一二月八日附書面を以つて右賃貸借契約を解除する旨の意思表示を為し、該書面は同月一〇日被告富永に到達したから、右賃貸借契約は同日解除された。その後昭和二七年二月末に至り次の事実が判明した。即ち被告富永は昭和二三年末頃、本件B地の内被告富永居住の西向一棟平家建一部二階建建物約二五坪の北隣の土地約二五坪を訴外杉田実に対し、原告に無断転貸し(但し名義人は同人の妻である)、杉田実が四階建の建物を建築していたが、之を最近訴外株式会社武蔵(代表者文岡ミサヲ)に売渡した事実が判明した。原告と右訴外会社との間には既に和解契約が成立しているので、原告は被告富永に対し、右B地中西向トタン葺平家建一部二階建建物約二五坪を収去して其の敷地約五〇坪の明渡を求めると共に、昭和二二年一二月一〇日から右土地の賃料相当の一カ月金二五〇円の割合に依る遅延損害金の支払を求める。
被告等の抗弁に対し、原告が其の所有の本件土地に隣接した土地を訴外塩野茂治郎及び柴田組、阪急園芸株式会社に賃貸したが、皆一時使用(二年間)の目的で為されたので、右訴外人等も一時使用の目的で賃借したことを認めて和解が成立して居るし、前記のようにA地内で被告大山から家屋を買受けた前記訴外人等とも同様の和解が成立している。類似の経過と事情で成立した賃貸借契約が、被告等の場合にのみ特異の解釈を下すことは理論上も実際上も不可能である。本件賃貸借契約が、一時使用の目的で為されたもので借地法の適用がないことは、明白である。被告等は甲第一号証の即日和解を為した際、原告の代理人として訴外鳥巣新一弁護士が出頭しなかつたと主張するが、本件即日和解調書は裁判所が作成した公文書であるから、之に虚偽の記載が為されてあるという主張は軽々に為すべきではなく、客観的に十分首肯し得る証拠がなければ為すべきではない。本件に於いては、被告等の頼りない記憶を基礎とするが、故意に事実を枉げて主張するもので一種の謀略にすぎない。甲第一号証の和解調書は被告大山に対し、本件家屋の収去の執行をする債務名義としての効力を有して居らぬから、原告は本訴を提起せざるを得ないのである。次に被告等が原告と生命保険契約を締結した事実は認めるが、之は原告から強制したものではなく、被告等が原告に媚びる意味で進んで加入を申込んだのである。原告は保険を営業の目的としているのであるから、何人でも希望者の申込に応じ加入して貰つているので、本件土地の賃貸借とは全く別個の問題である。原告は本件土地明渡を完了した後は、大阪の玄関に恥かしくないビルを建築する予定である。現在大阪駅前には多数のビルが建設されつつあるが、特に第一生命保険株式会社が原告の同業者として先鞭をつけている。原告も之に敗け度くない。それは大阪の玄関を立派にすることである。従つて原告は被告等を無視して土地の明渡を求めるのではないから、本件土地の明渡請求は、被告等主張のような権利の濫用ではなく、当然の権利の行使である。」と陳述した。<立証省略>
被告正司博美以外の被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、「原告の主張事実中、原告が大阪市北区小松原町二七番地宅地一、一〇七坪四合を所有し、被告大山が原告主張のA地三〇〇坪を昭和二一年六月二二日一カ月一坪に付き金五円の賃料で賃借し、その地上に原告主張の店舗住宅を建築し、主文第一項記載の被告等外数名の訴外人に之を賃貸したこと、原告主張のとおり和解調書(甲第一号証)が作成されたこと、右被告等が現に主文第一項のとおり居住していること、被告富永が昭和二一年六月二〇日原告主張のB地一〇〇坪を賃料一カ月一坪に付き金五円で賃借し、原告主張のとおり右B地を(一)乃至(四)に区劃し、(一)、(三)に家屋を建築し店舗を開業し、(二)を訴外松井信一に、(四)を訴外永砂勇太郎に転貸し、松井、永砂が夫々同地上に家屋を建築して開業したこと、昭和二二年一二月一二日頃右(三)、(四)の地上の建物が火災で焼失したこと、原告から被告富永に対し昭和二二年一二月八日附内容証明郵便で前記賃貸借契約を原告主張の理由で解除する旨の意思表示があり、同月一〇日右書面が被告富永に到達したことは、何れも之を認めるが、その他の原告の主張事実は之を争う。
被告大山は昭和二一年六月二二日原告から本件A地を乙第二号証の土地賃貸借契約書に基き賃借し、被告富永は昭和二一年六月二〇日原告から本件B地を乙第三号証の土地賃貸借契約書に基き賃借したもので、何れも右契約面上では賃貸借期間は二年となつているが、之は賃料改訂の時期を定めたにすぎず、元来期間の定がなかつたのである。そして賃借土地の使用目的は、原告主張のようにバラツク建建物を建築するのではなくて永続的な店舗、特に被告富永の分は、高級喫茶店の店舗を建築することを目的とするものである。原告提出の甲第四号証の和解調書は作成された事実があり、該調書に依ると、賃貸借契約の目的は、臨時設備其の他一時使用の為とあるが、該調書に基く和解は後に述べるように無効であるから、之を以つて一時的使用目的の賃貸借契約であると謂うことはできない。原告は被告富永が、松井信一及び永砂勇太郎に本件B地の一部を転貸したことを原因として賃貸借契約を解除したと主張するが、被告富永が同人等に転貸するに付いては、原告の承諾を得ている。即ち(イ)本件B地の内転貸した部分は、交通至便な北大阪の玄関口に在り、一坪をも争うが如き狭少な土地である。右B地全部を被告富永一人で独占して使用しないことは当初から原告の承認するところで、地域の狭隘な性質上当然である。(ロ)契約当時口頭で転貸に付き承認を得た。(ハ)右地上に家屋を建築するに付いては、地主である原告の承諾を要するのであるが、右地上に建築するに付いては、地主である原告の承諾を得た。(ニ)転貸した後各自堂々と開店したのに、原告は火災前何等異議を述べず、火災後始めて契約解除の意思表示を為したことに徴し、従来転貸を承諾していたことは明白である。従つて原告が被告富永に対し為した契約解除の意思表示はその効力がない。此の点で既に被告富永に対する原告の本件請求は失当である。本件土地一帯約千坪は、終戦後荒蕪し瓦石山積し、第三国人に依り不法占拠される虞があり、警察力に訴えても其の防止に困難を極めた為、原告は善良な借地人に賃貸することを熱望し、被告大山及び被告富永その他の者に賃貸したもので、被告大山と原告との賃貸借契約の目的は商店街の建設に在つたのである。被告大山は、本件A地三〇〇坪上に二一戸の店舗付住宅を建築し、之を賃貸し、借受けた他の被告等(引揚者戦災者ばかりである)と共に高利の資金を借入れ、又は不動産を売却して資金を得て投資し、夫々店舗を各自の用途に向くように造作をして刻苦奪闘した結果今日の北大阪唯一の繁華街を現出するに至つたのである。原告の主張するような賃借期間が二年であるとすれば、何人も借財をし又は不動産を売却したりして多額の投資をしない筈である。被告大山と原告間の賃貸借期間が、二年で終了し二年経過と共に直ちに土地を明渡さねばならぬものであるとすれば、本件被告等も右のような資本を投じなかつた筈である。右の事情からしても右期間二年は賃料改訂期間で、賃貸借期間でないことは明らかである。尚被告大山は原告との間に家屋の賃借人に夫々金五万円又は金一〇万円の生命保険加入を条件として賃貸を承認した事実がある。被告大山は原告との右契約に基き家屋の賃借人をして何れも被告大山の手を経て原告と金五万円又は金一〇万円の保険加入を為さしめたが、かかることは末永く本件土地に居住することを許容されていたことを如実に示すものである。尤も甲第一、四号証の和解調書が作成されていることは事実であり、該調書には何れも賃貸借契約が二年となつているが、該調書は次の理由に依り無効である。即ち、(一)、被告大山、被告富永と原告間の賃貸借契約に関しては、何等紛議がないのに、原告は紛議があると称して形式上の和解調書を作成されたいと申入れ、同被告等は真実かかる和解契約締結の意思がないのに拘らず裁判所に誘導されて右調書が作成されたものであるから無効である。(二)、仮にそうでないとしても、右和解期日に原告の代理人鳥巣新一が出頭しなかつたし、立会書記も出席していなかつたにも拘らず出頭したものとして作成されたものであるから無効である。(三)、仮に右和解契約が有効であるとしても、賃貸借契約期間二年と定めてあるから、借地法の強行法規に違反し、借地人に不利な条項を定めたものであるから、同法第一一条の規定に依り右和解契約は無効である。仮に右和解調書が有効であるとすれば、原告は被告大山に対し、右和解調書の執行力ある正本に基きその執行を為し得るに拘らず、再び同被告に対し、本件明渡訴訟を提起したのは、その必要なく、一事不再理の原則に反するから、被告大山に対する本訴は不適法であり、却下さるべきものである。次に本件土地の賃貸借契約には借地法の適用がある。即ち、本件賃貸借は借地法第一条に所謂建物の所有を目的とする賃貸借であることは明らかであり、同法第九条に所謂臨時設備其の他一時使用の為借地権を設定したこと明らかな場合には該当しない。蓋し本件家屋はかかる性質種類の建物ではなくて恒久性を有する建物であり、勿論原告主張のようにバラツク式のものではない。当時は建築法規上建築許可申請を為すには仮設建築として申請しなければ許容されず、実質上如何に堅固な本建築でも一応形式上は仮建築として申請しなければ許容されなかつたのである。従つて実質的に本件建築が本建築であるかどうかを審査することに依つて判定するより外はない。被告大山が本件家屋を商店街の経営を目的とし建築した当時は、賃借人等が右家屋を何の商売に使用するか判明しなかつた為、一応の構を為し、各賃借人が借受後夫々自己の店舗に適した構造に根本的に造作を施し、面目を一新し堅固な建物としたものである。従つて甲第一号証の和解が仮に有効に成立したと仮定して、其の第一項を見ると、同項に「臨時設備其の他一時の使用の為の目的を以つて本件土地を賃貸する」旨規定し、借地法の適用を排除する旨の規定があるが、右は無効である。何となれば、本件土地上の建物はかかる建物ではないのに、強いて事実に反してかかる用語を用いたとて之が為地上の建物がかかる性質の建物に変化するものではない。蓋し事実は石造土造等の建物其の他の建物であるのに、之を臨時設備其の他一時の使用の為の借地である旨規定したとしても、右は真実に反した不実の定めであるから、民法第九四条に依り虚偽の意思表示として無効である。借地法第九条に所謂臨時設備其の他一時使用の為借地権を設定したこと明らかな場合とは、当該土地の賃貸借契約を為した目的が右地上に存在する設備の構造、種類、土地の利用目的其の他の事情から、当事者間に借地権を短期間に限り存続せしむる合意が成立したと推認し得る相当の場合に限られなければならない。例えば博覧会場、海水浴場等一時的興業場等其の使用目的が永続性を有せず借地人をして存続期間に付き期間的に保護する必要なきことが明瞭に認められる場合でなければならない。存続期間に付き短期の合意あるの一事若くは契約証書に臨時設備其の他一時使用の目的の文言の記載あるの一事を以つては足らない。本件に於いては、一時使用の目的を以つて土地を賃借したものではない。本件被告等は、全部引揚者又は戦災者で、決死的事業を決意し、資本を投じ営業に従事せるものである。以上の次第で本件賃貸借には当然借地法の適用がある。従つて本件建物は借地法第三条の規定に該当するから、同法第二条の規定に依り本件賃貸借の期間は三〇年であり、甲第一号証の和解調書第二項に本契約期間は二年である旨定めてあるが、右は借地法第一一条の規定に反し無効である。原告は隣地の借地人がその主張の如く和解し、一時使用の借地であることを認めて居ると主張するが、被告等以外の他の店舗使用者が原告主張の賃借期限二年を無条件で承認したことは之を否認する。仮に然らずして、原告主張のように隣地の者が原告と和解したとしても、隣地である本件係争借地には何等の影響はない。何となれば隣地のものが原告と和解した一事に依り本件土地の賃貸借の本来具有する性質を変更されるものではないからである。借地が如何なる性質のものであるかは、事実に即する法律問題で当事者の左右し得べき問題ではない。
次に原告は民法第六一二条の規定に基き契約解除を主張しているが、該解除は次の理由で効力がない。被告大山は本件A地を商店街経営の目的で賃借したことは、賃貸借契約の内容で、地上に二一軒の借家を建て二一名に右家屋を貸与することは、原告が契約当初から承認するところである(乙第二号証)。被告大山一人で二一軒を使用占有することは不可能で他人に使用させてこそ商店街の建設となるものである。従つて地上建物を二一名の被告野村外数名の被告及び其の他の第三者に使用せしめることは契約の要件である。地上の建物は夫々契約当初の家屋使用者が夫々使用占有して居り、他に転貸したものはない。即ち、契約当初から原告の承認した被告以外の者に其の土地を転貸又は権利を譲渡した事実は全然ない。従つて民法第六一二条違反の事実はない。殊に本件は被告大山が土地の賃借人で同被告に対する土地明渡訴訟事件で家屋明渡事件ではない。被告野村其の他の被告等は其の土地一杯に建設してある家屋を使用しているが、被告大山が賃借している土地を使用収益して居るものではない、仮令其の家屋の登記名義人が被告大山から被告野村其の他に移転登記した事実があつたとしても、此の一事に依り直ちに土地の使用収益を被告野村等の被告以外の第三者に為さしめたこととはならない。民法第六一二条第二項の第三者をして賃借物の使用又は収益を為さしめたことを本件に適用するが為には、被告大山が其の賃借した本件A地を商店街建設目的で店舗を使用した被告野村其の他の被告等から更に別人である第三者に使用又は収益させた事実がなければならない。然るに被告大山は被告野村其の他の被告以外の第三者に本件A地を使用又は収益させた事実はない。甲第七乃至第一二号証各記載のような登記手続が形式上為されたことは認めるが、実質上家屋の所有権は依然として、被告大山に存するのである。右は被告大山がその債務の為債権者から取立を受けることを回避する為、又は自己名義では信用がない為金融を得られないので、被告野村等を登記簿上の名義人として他から金融を得る便宜手段としたに過ぎないのである。右の次第で右建物が債権者に競売され借地権が他に転々することを防止し、現に建物に住居する被告等以外の者をして使用することのないことを期する為、即ち、借地権保護の為に採つた方法で、土地の賃貸借それ自体を動かしたものではない。従つて地主である原告の利益を害した事実は寸毫も存在しない。民法第六一二条第二項違反の場合には、其の転貸又は賃借権の譲渡に依り賃借物の使用又は管理方法に変更を生じ、又は賃料の支払に支障を来すが如き特別の事情があることを要する。然るに本件に於いては、契約当初からの建物住居者には何ら変更がないのであるから、形式上建物名義人が変更したとしても之が為何等土地の使用又は管理方法に変更を来さず、又賃料支払に支障を生ずべき特別の事情が発生していないのであるから、原告は同条に依る解除権を行使し得ない。従つて民法第六一二条違反を原因とする被告大山に対する契約解除はその効がない。
原告は本件土地明渡を受けた暁にはビルを建設する予定であると主張するが、被告等は之を否認する。本件契約当時かかる予定があつた事実はない。若しかかる計画があつたとすれば、乙第二、三号証の賃貸借契約書に之を明確に記載されている筈であるが、かかる事実はない。被告等の努力により本件土地が予想外の繁栄を来し、地価暴騰し、北大阪随一の歓楽境を現出するに至るや、原告は之に着眼し、本件土地の明渡を求め、且つ、近来大建築の建設の流行に便乗しようとしたに過ぎない。一方本件土地は、被告等が戦災者引揚者であつた無一物時代から、ありとあらゆる資本を投じ現在の隆盛を来し血と汗と涙の結晶であつて、小松原町二七番地には約七〇戸の店舗があり、家族二五五人、従業員四二二人、税金の決定四、三二八万円、一日の売上一五〇万乃至二〇〇万円、北大阪随一の繁華街を現出し、南の千日前に比較することのできるものである。そして小松原町二七番地は「富国街二七会」を組織し、被告野村が其の会長となり自粛自慎衛生風紀防火等に万善の協力を為しつつ北大阪随一の娯楽街として恥かしくないように期している。本訴は単に被告等十一、二名にのみ関するものではなく、七〇軒全員及び七〇軒の多数従業員等に影響すること甚大な一大社会問題で、心ある幾万市民の深く関心を抱く重大案件である。原告は本件土地の明渡を求めるに付き必ず之を実行しなければならぬような緊急な必要に迫られて居らぬのに、被告等のみならず他の隣地の者等を含む者等の生活に脅威を与えるような明渡を求めることは、明らかに権利の濫用であるから到底許さるべきではない。
仮に百歩を譲り本件賃貸借期間が二年の定であると仮定すれば、被告大山、同富永は、借地法第四条の規定に依り契約の更新を請求する。若し原告が之を欲しないときは同法第四条第二項の規定に依り、本件家屋の買取を請求する。又其の他の被告等も亦夫々自ら権原に基き土地に附属せしめた物の買取を請求する。若し其の他の被告等にかかる請求権がないとすれば、其の部分に付いては、被告大山、同富永が夫々此の部分に付いても買取を請求する。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が大阪市北区小松原町二七番地宅地一、一〇七坪を所有し、昭和二一年六月二二日被告大山に本件A地を賃料一カ月一坪に付き金五円の定めで賃貸し、同被告が同地上に商店向家屋を建築し、主文第一項各記載の被告等に同項記載の家屋を賃貸したこと、同項各記載の被告等が被告大山から夫々賃借し現に右家屋を夫々占有使用していること、原告が被告富永に本件B地を賃料一カ月一坪に付き金五円の約定で賃貸し、被告富永が賃借直後別紙第二図面記載のように(一)乃至(四)に分割し、右(一)、(三)の部分に家屋を建築して店舗を開業し、(二)の部分二五坪を訴外松井信一に、(四)の部分二五坪を訴外永砂勇太郎に転貸し、同訴外人等が夫々右転借の土地上に家屋を建築し店舗を開業したが、昭和二二年一一月中旬頃右店舗中右(三)の土地上の被告富永所有の家屋と、右(四)の土地上の永砂勇太郎所有の店舗とは火災で焼失したことは、何れも当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一、四号証、乙第二、三号証、証人馬野登、同武田仲雄の各証言を綜合すると、原告は昭和二一年六月二二日其の所有の本件A地を、松下造船株式会社代理店山本組工業所代表者大山吉雄に、賃貸目的は店舗付住宅を建築し家屋賃貸の上商店街の経営をすること、賃貸期間は、昭和二一年六月二二日から満二カ年とすること、原告が使用又は売買の必要が生じた場合土地の明渡を通告したときは、通告の日から一カ月内に返還することは勿論土地明渡料金を請求しないこと、契約の日から満二カ年目に当事者の一方から解約又は更改の申出がない場合には、両者間に本契約を続行する意思があるものとして継続有効であること等の約定で賃貸し、その後被告大山が右A地上に店舗二一戸を建築し、被告富永以外の被告等その他の者に之を賃貸したが、右賃貸借期間に付き延長を申出てたり、右家屋を他の者に売却する虞があつたので、原告は弁護士原田好郎を訴訟代理人として、大阪区裁判所に即日和解の申立を為し、昭和二一年九月二〇日同庁に於いて原告復代理人鳥巣新一、被告大山出頭の上、原告は被告大山に本件A地を臨時設備其の他一時使用の為の目的で賃貸する、契約期間は昭和二三年六月二二日迄とする、賃料一カ月一坪金五円とし毎月五日支払うこと、原告に於いて右土地を自ら使用し又は売却する場合は賃貸期間中と雖も一カ月の猶予期間を以つて明渡を請求することができる、此の場合は被告大山は自己の費用を以つて地上の工作物を収去して右土地を明渡し、且つ土地を原状に復するものとする、被告大山は右工作物を他人に賃貸又は譲渡することを得ず、但し原告の書面に依る同意を得たときは此の限りでない、賃貸期限終了の際原告に於いて異議がないときは、期限満了の日から満二カ年を限り本契約を更新することができる旨の和解を為し、其の旨の和解調書が作成されたこと、昭和二一年六月二〇日原告はその所有の本件B地を被告富永に対し、賃貸借の目的は被告富永の経営する大永商事の事務所委託販売所高級喫茶店の仮建築とする、契約期間は同年七月一日から満二カ年とする、賃料及びその支払時期、原告からの明渡請求のあつた場合の明渡条件、期間満了の際の特約等は、原告と被告大山の昭和二一年六月二二日の契約条項と略同様の約束で賃貸し、その後原告は弁護士原田好郎を訴訟代理人として、大阪区裁判所に即日和解の申立を為し、昭和二一年九月二〇日同庁に於いて原告復代理人鳥巣新一、被告富永が出頭して、原告は被告富永に対し、本件B地を臨時設備其の他一時使用の為の目的で賃貸する、契約期間は昭和二三年六月一九日迄とする、賃料一カ月一坪に付き金五円として毎月五日支払うこと、その他の条項は原告と被告大山間の前記和解条項と同様の和解を為し、その旨の和解調書が作成されたことを認めることができる。そうすると、原告と被告大山間の昭和二一年六月二二日の賃貸借契約、原告と被告富永間の同年六月二〇日の賃貸借契約は、前記同年九月二〇日成立した裁判上の和解に依り、右和解調書のとおり、当事者間に於いて同一約定の部分は、前者が後者により確認されて契約され、条項の変更された部分については、前者の契約は、後者の和解契約のとおりに条項を変更されて契約されたもの、即ち、本件A地に対する原告と被告大山間の賃貸借契約は、昭和二一年九月二〇日以後は同日附の和解調書(甲第一号証)のとおり、本件B地に対する原告と被告富永間の賃貸借契約は、同日以後同日附の和解調書(甲第四号証)のとおりの契約となつたものと認めるを相当とする。
被告等は右裁判上の和解は無効であると主張するので此の点に付き順次判断することとする。(一)被告等は右和解期日に原告復代理人鳥巣新一が出頭しなかつたし、立会書記も列席していなかつたから無効であると主張するが、前掲甲第一、四号証、証人鳥巣新一、証人馬野登の各証言に依ると、昭和二一年九月二〇日大阪区裁判所に於いて、判事西村初三、裁判所書記籠谷一臣列席の上、原告復代理人鳥巣新一出頭し、被告大山、同富永も出頭して判事西村初三が前記和解条項を読上げ、当事者双方に確めた上、本件和解調書を作成した事実を認めることができる。右認定に反する被告大山(第一回)、同富永各本人尋問の結果は前掲各証拠に徴し採用できない。そうすると右和解は何れも被告等主張の右理由に因つては無効と謂うことはできない。(二)被告等は所謂即日和解は当事者間に紛争があることを前提とするに拘らず、原告と被告大山、同富永間に於ける本件A地及びB地に関する賃貸借契約に付いては、両者間に何等紛争がないのに之ありとして原告は本件和解を申立て、被告大山、同富永は原告に誘導され、和解の意思がないのに和解したのであるから無効であると主張するが、前掲甲第一、四号証、証人馬野登、同武田仲雄の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告は被告大山、同富永に前記のように昭和二一年六月二二日及び二〇日に夫々前記の約定で賃貸したが、元来原告は戦災後の本件土地一、一〇七坪上に無料診療所を設けることを主たる目的とする高層建築を建築することを計画していたが、終戦後附近一帯の土地と共に右土地も亦第三国人から不法占拠される虞があり、ビルを建設する迄一時的に賃借する者を求めて之に一時的使用の目的で賃貸することとし、被告大山に、本件A地を、同富永に本件B地を、その隣接した土地を阪急園芸株式会社及び塩野茂治郎に賃貸したが、賃借人等が、右一時的目的に反するような建物を建てようとしたり、賃貸期間の延長を求めたりした為に当事者間に紛争を生ずるに至つたので、賃貸借関係を明瞭ならしめる為に、右和解の申立をし、前記裁判上の和解を為した事実を認めることができる。右認定に反する証人富永英治(被告富永の兄)の証言、被告大山、同富永各本人尋問の結果は、前掲証拠に徴し採用できない。そうすると、前記和解は被告等主張の理由に因つて無効であると謂うことはできない。(三)被告等は本件地上の建物は仮設建築ではなく本建築であるのに、原告と被告大山及び被告富永が相通謀し、本件和解に於いては、「臨時設備其の他一時使用の為」の目的で賃貸借契約を為した旨合意したのであるから、本件和解は民法第九四条第一項の規定に依り無効であると主張するが、被告富永と原告間の本件B地の当初の賃貸借契約に於いても高級喫茶店の仮建築を建築することを賃貸借の目的としたことは、前認定のとおりであり、高級喫茶店と仮建築とは相矛盾するものであるが、仮建築であることは更に本件和解に於いて確認されているのである。又被告大山が本件A地上に二一戸の家屋を建築し、之を賃貸したが、賃借するに当つて賃借人等の用途不明に付き一応の構を造り、賃借人等が之に改造を加えて各自の営業に向くようにしたことは、同被告の自認するところである。且つ、成立に争いのない乙第一号証、甲第三号証、検証の結果及び証人中西三蔵の証言に依ると、被告大山の建築した当初の家屋は、被告佐藤、同福西居住の家屋で、間口約二間で四畳半位の土間と約三畳の一間と便所炊事場等がある木造スレート葺平家建の建物であつたが、その後賃借人等が内外部の構造を変更したり、増築したり、一部二階を建築したりして相当の費用を投じて何回か改造に改造を加えて現在の状態となつた事実、被告富永の建築した家屋も当初から現在の姿となつて居たのではなく、何回か内外部を改造したり、増築したりして当初の建物に多大の費用を投じて現在の状態となつた事実を認めることができる。右事実と、戦争終了後間もない昭和二一年六月頃は、都市の戦災地に家屋を建築するに当つては、都市計画の実施等の関係上、将来容易に移動又は撤去ができるように本建築の建築は許可されず、仮設建築にして坪数に於いても制限を附された建物の建築のみが許可されていたことは顕著な事実であることとを綜合すると、本件A、B両地上の建物は何れも建築当時は契約通り仮設建築であつたと容易に推認することができる。被告等は当時は建築の申請をするには仮設建築として申請しなければ許可されなかつたので、本件家屋は仮設建築ではないのに、仮建築としたのであると主張するが、若し被告等の主張が真実であると仮定して論を進めても、被告等の主張は、建築許可の範囲を逸脱し建築法に違反し、且つ、賃貸借契約の条項に違反して自己の危険負担の下に本件建物を建築したこととなり、到底法の保護を求めることはできないし、賃貸人である原告にかかる建物を建築したことを以つて対抗し得ないものと謂うべきであるから、被告等の右主張は採用に価しない。要するに本件建物は建築当初は契約通りの仮建築であつたのであるが、その後多大の費用を投じて内外部を改造し、増築したりして一部の家屋は現在本建築に劣らぬ外観と美観を呈するに至つた家屋(例えば被告富永所有の家屋)もあるが、今尚仮設建築の様相を如実に示している家屋(例えば被告佐藤、同福西居住の家屋)も存在しているのである。本件契約と建築した建物とが一致しているか否かは、当初に遡つて考察しなければならない。現状を以つて当初の契約と不一致であることを以つて事実に吻合しない契約であるから無効であると主張することは到底許さるべきものではない。従つて右和解が無効であるとの被告等の右主張は理由がなく、本件和解契約は何れも有効である。
被告大山は甲第一号証の和解調書が適法に作成されたとすれば、原告は被告大山に対し債務名義を有することとなるから、一事不再理の原則に依り被告大山に対する本訴は不適法であると主張するので此の点に付き判断する。甲第一号証の和解調書が有効且つ適法に作成されたことは、前記認定に依り明らかである。
固より和解を調書に記載したときは、確定判決と同一の効力を有し、判決と同様確定力と執行力とを有することは論なきところであるが、裁判上の和解が存在している場合に於いても再訴の必要がある場合に於いては、必ずしも再訴を禁ずるものではなく、只再訴された場合裁判所は該和解と結論を異にする裁判を為すことを得ない丈である。
本件和解調書正本である甲第一号証を見るに、和解条項の第一項に「申立人(原告)は相手方(被告大山)に対し、相手方が臨時設備其の他一時使用の為の目的を以つて別紙第一物件目録記載の土地を賃貸す」第二項に「本契約期間は昭和二三年六月二二日迄とす」第四項に「申立人に於いて右土地を自ら使用し、又は売却する場合に於いては賃貸借期間中と雖も申立人は相手方に対し一カ月の猶予期間を以つて之が明渡を請求することを得。此の場合相手方は自らの費用を以つて別紙第二物件目録記載の工作物を収去して右土地を明渡し、且つ、土地を原状に復するものとす云々」と規定するのみで、賃貸借期間終了の際の土地明渡義務に付き何等の規定がない。第四項の原告から明渡請求の際の明渡義務を以つて、期間満了の際の明渡義務の約定と解することは、文理解釈上困難である。仮にかく解し得るとしても、右和解調書添付の第一物件目録を見るに、大阪市北区小松原町二七番地の内土地三〇〇坪とあるのみで、同番地には宅地一、一〇七坪あることは既に認定のとおりであるから、土地三〇〇坪とのみの表示では目的物件の特定を欠いて居り、執行困難である。又同第二物件目録を見るに、右地上建設仮設建物、一、木造スレート葺平家建二一戸此建坪一八一坪一合並びに附属工作物と記載されて居るに止まるから、右地上の如何なる部分に如何なる家屋があるか、特定困難であつて家屋を当事者立会の上任意収去する場合は格別強制執行に依り之を収去し、土地の明渡を求めることは不可能である。従つて原告としては、右和解調書が存在するに拘らず本件A地上の家屋の収去とA地の明渡を求めるが為には更に判決を求めるより外ないのである。かかる必要がある場合には訴を提起し得ることは論なきところであるから、被告大山の右抗弁は理由がない。
本件土地の賃貸借には借地法の適用があるとの被告等の主張に対する判断。本件A地及びB地の賃貸借契約が、臨時設備其の他一時使用の目的の為に期間を二カ年と限つて賃貸したこと及び右契約に基き建築された右地上の建物が何れも建築当時仮建築であつたことは何れも前認定のとおりであり、成立に争いのない乙第一号証、甲第三号証、証人馬野登、同武田仲雄、同服部正三の各証言及び検証の結果を綜合すると、本件土地一、一〇七坪は昭和二一年頃は、戦災地に囲まれ瓦礫山積した荒廃した空地であつたが、場所が大阪駅に近く、阪急百貨店の東側に在り絶好の位置に在つた為、終戦後第三国人が一部不法占拠したりして警察の世話になつたこともあり、空地として放置するときは、全部第三国人に不法占拠される虞があつたので、已むを得ず原告は内地人に賃貸して右不法占拠を避けることとしたが、元来原告は本件地上に原告の大阪支店及び無料診療所を主体とした高層建築物を建設する目的で既に昭和一一年頃その計画をしたことがあつたが、戦争の為中止するの已むなきに至り、空地として放置して置いたのであり、将来所期の高層建築物を建設することができるように、賃貸期間を特に短期間の二カ年とし、且つ原告が必要とするときは何時でも明渡を請求することができるようにその特約をして被告大山、同富永に賃貸すると共に、訴外塩野茂治郎、阪急園芸株式会社にも夫々同様の条件で賃貸し、同訴外人等とは本件と同様の和解調書が作成され、塩野茂治郎からその所有の家屋の賃借人等とも明渡の和解調書が作成されている事実を認めることができる。右事実と本件A、B両地上の建物とが建築当時仮設建築であつた事実とを綜合すると、本件A、B両地の賃貸借契約は、借地法第九条に所謂「臨時設備其の他一時使用の為借地権を設定したること明なる場合」に該当することは明らかであるから、同条の規定に依り借地法の適用はないものと謂わなければならない。
本件A、B両地の賃貸借契約に借地法の適用がないことは前認定のとおりであるから、右契約に於いて賃貸期間を二年と定めても、同法第一一条の適用がないことは明白であるから、被告等が、期間二年の定は借地法に違反して居り第一一条の規定に依り、本件和解の右条項は定めなかつたものと看做されるべきであるとの主張は理由がない。勿論家屋所有の目的で土地を賃貸する場合期間の二年は短きに失することは明白であるけれども、本件和解契約に在つては、その第六項に於いて賃貸借期限終了の際原告に於いて異議なきときは、期間満了の日から満二カ年を限り、本契約を更新することができる旨の約定が存して居り、緩和規定が存し、原告が前記認定のような土地の必要を生ずるに至る迄は、期間の更新をなし得るのであるから、必ずしも賃借人に苛酷に厳重な短期の約定だと謂うことはできない。
以上の次第で本件A地及びB地に対する賃貸借契約の期間は、A地に関するものは、昭和二三年六月二二日、B地に関するものは、同月一九日迄であり、被告等主張のように借地法の適用に依り期間三〇年となるものでないことは明白である。そして成立に争いのない甲第二号証の一、二に依ると、原告は昭和二三年六月一四日附六月二二日被告大山へ到達の書面を以つて被告大山に対し、本件A地を同月二二日以後賃貸を継続する意思が原告にない旨通告した事実を認めることができるから、原告と被告大山間の本件A地の賃貸借契約は、右契約の期間満了の日である同月二二日を以つて終了したものと謂うことができる。被告大山は、昭和二六年五月四日附第三準備書面に基き、同月八日の口頭弁論期日に、右契約の更新を請求する旨主張したことは、記録上明白であるけれども、賃貸借契約の更新は、契約終了前に之を為さなければその効なきことは勿論であるから、右契約終了後に為した右更新の請求は何等の効果を生じない。右のように原告と被告大山間の右賃貸借契約が終了した以上、被告大山は原告に対し原状回復義務の履行として本件A地上の主文第一項各記載の家屋を収去してその敷地であるA地三〇〇坪を明渡さなければならない。又被告大山は、原告の請求する昭和二三年一月一日以降右契約終了の日迄の賃料及び其の後の損害金の支払を為した事実を立証しないから、結局支払を為さなかつたものと認定せざるを得ない。そうすると被告大山は原告に対し、昭和二三年一月一日から同年六月二二日迄一カ月一坪に付き金五円、三〇〇坪に付き合計一、五〇〇円の割合に依る賃料、同年六月二三日以降本件A地明渡済に至る迄同率の割合に依る遅延損害金の支払義務があることは明白である。
被告富永が、原告から其の所有の本件B地を賃借後別紙第二図面記載のとおり(一)乃至(四)に分割し、(二)を訴外松井信一に、(四)を訴外永砂勇太郎に転貸し、同訴外人等が各転借地上に店舗を建築し開業したことは、冒頭に於いて認定したとおりであり、原告は右転貸に付き承諾を与えたことはないと主張し、被告富永は承諾を得たと主張するので此の点に付き判断する。被告富永は右土地は大阪市の玄関口に当り、一坪をも争う如き土地であり、被告富永が本件B地一〇〇坪全部を一人で独占して使用しないことは、当初から原告は承知して居たところで地域の狭隘な性質上当然であると主張するが、原告が転貸を予め承認していたか否かは、原告の承認が当初の契約の際に在つたか否かの問題であり、土地の性質や位置とは無関係であることは契約の本質上当然である。然るところ、前掲乙第三号証(原告と被告富永間の当初の賃貸借契約書)にも転貸を原告が承認した旨の記載のないことは明白であり、前掲甲第四号証(和解調書)に依ると、被告富永が本件B地上に建築した建物を原告の書面に依る同意がない限り他に賃貸又は譲渡することを得ざる旨の約定があつたことを認め得るから、勿論本件B地を他人に転貸することに付き原告は予め同意を与えていたことはなく、寧ろ之を禁じていたことは明白であるから、被告富永の右主張は理由がない。次に被告富永は契約当時原告から口頭で転貸に付き承諾を得たと主張するが、右認定の事実からすれば、かかる承諾を得て居ないことは明白であるから、右主張も亦理由がない。次に被告富永は、前記訴外人等が右地上に家屋を建築する際地主である原告の承諾を得たと主張するが、かかる承諾を得た事実を認めるに足る証拠はないから、右主張も亦採用することはできない。更に被告富永は、右訴外人等が堂々と開店しているのに原告は火災がある迄何等異議を述べなかつたから、転貸を承諾していたと主張するが、原告が右事実を知つて異議を述べなかつたとしても、単に異議を述べずに看過した事実のみでは、暗黙の承諾があつたものと認めることはできない。暗黙の承諾があつたと認められる為には、看過した事実の外に、訴外人等から賃料を取立てたとかその他暗黙に承諾があつたことを認めるに足る原告側の積極的行為がなければならない。然るに原告側にかかる積極的行為があつた事実を認めるに足る証拠はないから、原告の暗黙の承諾があつたことを認めることはできない。従つて被告富永の右主張も亦理由がない。そうすると、被告富永は結局原告の承諾を得ずに、本件B地の内(二)、(四)の土地を松井信一、永砂勇太郎に夫々転貸したこととなるのである。被告富永の右行為は、賃貸借契約に於ける当事者間の信頼関係を破るものと一応認むべきである。而して被告富永が右訴外人等に対し転貸した土地は、本件B地の約二分の一に相当する土地であつて全部の土地ではないが、第三者である右訴外人等に該土地の約半分を転貸することは、前記認定のように原告が一時的賃貸の目的で賃貸し、本件土地の明渡に付き当初から深い関心を有してその確実性を期している本件の場合に於いては、本件土地の一部でもその占有が契約外の第三者に移転し、第三者が地上に家屋を建築し所有するが如きことは、土地の明渡を困難ならしめることは勿論である(検証の結果に依ると、本件B地の(四)の部分にはコンクリート造りの四階建建物が建てられてあることを認めることができる。かかる建物の収去明渡を求めることは多大の困難と日時と費用を費することは明白である)。以上認定の事実からすれば、被告富永が本件B地の(二)、(四)両地を前記のように原告の承諾を得ず転貸したことは、仮令賃借土地の全部でなく一部であるとしても、賃貸関係の信頼関係を破ること甚だしいものがあると謂わねばならない。従つて原告は被告富永に対し、右転貸を理由に民法第六一二条第二項の規定に依り右賃貸借契約を解除することができる訳である。而して原告が被告富永に対し、右転貸を理由に昭和二二年一二月八日附内容証明郵便を以つて被告富永との前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示を為し、同書面が同月一〇日被告富永に到達したことは、原告と被告富永間に争いがないから、右賃貸借契約は同年一二月一〇日限り解除となつたことは明白である。従つて被告富永は、同日限り地上に自己の建築した家屋を収去して本件B地を明渡すべき義務を負担するに至つたものであるが、原告は本訴に於いては右B地中(一)の部分の地上に建築してある主文第三項記載の家屋の収去とその敷地約五〇坪のみの明渡を請求するに止まるから、該部分の明渡を為さねばならぬ。且つ、被告富永は明渡義務不履行に因り原告に対し、同日以降の賃料相当の損害を被らしめていることも明白であるから、原告に対し、同日以降明渡済に至る迄一カ月一坪に付き金五円の割合、五〇坪に付き合計金二五〇円の割合に依る損害金の支払を為さなければならない。
被告大山、同富永を除く其の他の被告等は、被告大山から、同人が本件B地上に建築した主文第一項各記載のとおり家屋を夫々賃借し、現に夫々該家屋に居住していることは、同被告等の認めるところである。然し前認定のとおり、原告と被告大山間の本件A地に対する賃貸借契約が終了した以上、被告大山からその所有の建物を夫々賃借した被告等は、その賃借した家屋を占有使用することに依り、其の敷地を占有している関係に在るのであるから、原告に対抗し得る権原なくその建物の敷地を占有するに至つたものと謂うべきである。蓋し土地の賃借人が建築した家屋を賃借した賃借人は、土地に対しては家屋の賃貸人がその土地に対して有する以上の権利を有することは不可能であるからである。右被告等は原告と被告大山間の前記賃貸借契約の内容を熟知せずに多大の資本を投じ、努力に努力を重ねてようやく今日の店舗を築き上げたことは前記認定に依り明白であり、今日にわかに数年の努力と汗の結晶によつて築き上げた店舗から退去しなければならぬことは、同被告等の苦痛と物質的損害は、到底堪えられない程甚大であることは推察に難くないところである。然し乍ら契約は守らねばならぬし、法律は遵守されねばならない。契約や法律が遵守されるところに結局は法治国に於ける正義の実現と擁護とが存するのである。右被告等が夫々その居住の本件家屋から退去し、その敷地の明渡を請求されることも、法治国の国民として耐え忍ばねばならぬところである。
被告等は契約の更新を原告が認めないならば、被告大山、同富永は夫々本件家屋の買収を、その他の被告等は権原に基き本件家屋に附属させた工作物の買取を夫々請求し、右被告等が買取請求権がない場合は、被告大山に於いて買取も請求すると夫々買取を請求しているが、原告と被告大山、同富永間の本件土地に対する各賃貸借契約には、借地法の適用がないことは、既に認定したとおりであるし、特に原告の被告富永に対する本件B地の明渡請求は契約違反を理由とした契約解除を原因としているのであるから、両被告は原告に対し借地法第四条第二項の規定に基く買取請求権を有しない。又その他の被告等が原告に対し買取請求権があることの根拠に付いては同被告等は何等主張しないし、原告と直接の法律関係に立たぬことの明白な同被告等に原告に対する買取請求権はないことは明らかである。従つて被告等の買取請求はその効がない。
最後に被告等は原告が被告等に対し、本件土地の明渡を求めることは権利の濫用であると主張するので、此の点に付いて判断することとする。証人中西三蔵、同馬野登、同武田仲雄の各証言、被告大山(第一回)同富永、同佐藤、同野村(第一回)各本人尋問の結果及び検証の結果を綜合すると、本件A地及びB地を含む大阪市北区小松原町二七番地一、一〇七坪の宅地は、戦争中から終戦後に亘り空地で終戦後は瓦礫山積し、第三国人から不法占拠される虞があつたので、その所有者である原告は之を防止する一方法として、本件A地を被告大山に、本件B地を被告富永に、その他の右A、Bの隣接土地を塩野茂治郎、阪急園芸株式会社に一時的使用の目的で賃貸したこと、(以上既に認定したとおりである)被告等はその所有又は賃借の家屋に多大の資本と労力を投じて営業に励み、次第に繁盛に赴いたこと、被告等を含む小松原町二七番地居住の者は相協力し、富国街二七会を組織し、衛生に注意し、火災、盗難等の防止にあらゆる努力をし、自粛自戒して各自の営業に寝食を忘れて勉めた結果と大阪駅に近く、附近に阪急百貨店を控え、映画館一〇館を数える程の地の利を得て居たことと相俟つて、現在大阪市の南の繁華街と比較出来るような大阪市内の北の繁華街となつたこと、現在小松原町二七番地上の店舗に居住している家族は二五五名、従業員四二二名、税額決定額は総額四、二八〇万円に上り、毎日の総売上高金一五〇万円乃至二〇〇万円に上る盛況を呈するに至つた事実を認めることができる。右現在の事実からすれば現在に於いて被告等が本件家屋を収去又は退去して本件土地を原告に明渡すことは極めて苦痛とするところであると共に、物質的損害も亦甚大であることは推認するに難くない。然し之は現在の事情を基礎としてのことであるが、被告富永に対する本件賃貸借契約は、昭和二二年一二月一〇日、被告大山に対する本件賃貸借契約は、昭和二三年六月二二日終了しているのであるから、爾後右両被告は原告に対し本件土地の明渡義務の履行を怠つている関係に在るのである。右契約終了当時本件店舗や商店街一帯の状況がどうであつたかは、之を現実に知るべき資料がない。然し前記認定の右商店街の進展や繁盛に赴いた趨勢を考慮すれば、現在の幾分の一かの状況であつたことは推認に難くない。従つて被告等が約旨に基き又は法律を尊重して家屋の収去又は退去明渡を実行して居れば、被告等の苦痛と損害とは現在のそれに比べて極めて僅少で済んで居たことは明白である。原告が被告富永に対し本訴を提起したのは、昭和二三年二月五日であり、その他の被告等に対し本訴を提起したのは、同年一二月二八日であることは記録上明白である。この時を標準として考察しても爾後被告等は、前記のように商店街が繁昌した事実からすれば、相当の利潤を挙げ得たであろうことも推測し得るのである。之に反し原告は権利としては一カ月一坪金五円という低廉な地代相当の損害金を請求し得るに過ぎないのである。そして原告は前記認定のような高層建築の建築計画があつたのに、被告等が明渡義務を履行しない為に之を実施することができず、物価は昭和二三年当時と現在とでは比較にならぬ程度に高騰していることは顕著な事実であるから、原告は該建築遅延により甚大な不測の損害を日日被つていることとなるのである。
成立に争いのない甲第一三号証に依ると現在大阪駅附近に於いては、高層建築が次々と建築されて居ること、特に原告の同業者である訴外第一生命保険株式会社が大阪駅前に豪壮な高層建築を建築しつつある事実を認めることができる。原告は本件土地の明渡が完了すれば、直ちに建築に着手する目的で本件土地の明渡を求めていることは、証人馬野登、同武田仲雄、同服部正三の証言を綜合して認めることができる。右認定の原、被告双方の事情を比較考察するときは、被告等に対する原告の本件土地明渡請求は権利の正当な行使であつて、被告等主張のように権利の濫用だと謂うことはできない。
勿論被告等に取つては、本件店舗から立退くことは、現在に於いては、或いは生活の脅威となる者もあり、店舗の従業員に取つては、失業者となる者もあることも考え得る。従つて本件明渡は被告等の主張するように一の社会問題だと謂うことができる。然し原告が本件土地の明渡の執行を為す時期と方法とに依つて相当その被害を緩和したり、最低の限度に止まらしめ得ることは明白である。原告が被告等に対し明渡を執行するに当つては、原告の良識と良心に訴えるより外はない。然し乍らこのことは、原告が本訴で明渡を求めることが権利の正当な行使であることに変更を来すものではなく、従つて被告等の本件明渡請求が権利の濫用であるとの主張は採用できない。
以上の詳述した理由に依り、原告の本件請求は何れも正当であるから、之を認容し、被告大山に対する予備的請求原因に対する判断を省略し、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡野幸之助)